いつか不思議の国へ

娘たちとうさぎと猫達の小さな不思議の国
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5年目
5年目の夕方あの日のように雪がちらちらと降っていて寒い1日。

3月11日が近付くにつれてTVで震災関連の番組が増えてきた。しっかりした構成の番組は見るようにしてるし震災関連の本も読む。
自分が知らなかったことを知りたいと思うし忘れないためでもあるし…
旦那は震災関連の番組がこの時期増えることにあまりいい感情がないらしい。この日が近いからじゃなくて継続的にもっと、と考えているからみたいだ。そして津波の映像はまだ見たくないと言う。
人は忘れていくのが当たり前で、被災地域で暮らしている自分も新聞やニュースで毎日復興の話題を見ていてもそれが当たり前すぎて日常で生々しい感情はなくなっていく。
実際阪神淡路もニュースで見て思い出して、そんな感じだから。
被災地から遠い地域であればあるほどそうなんだと思う、ニュースや復興関連番組で1年に1度でも思い出してもらうのはいいと私は思っている。
忘れないで欲しい、それが一番の願い。
買い物で迷ったときに被災地の商品を選ぶとか旅行に行く候補に被災地を、心の隅にいつも。

近所に2か所仮設住宅がある、復興団地がもうすぐできるから仮説から移れる人も多いだろう。
すべての人が一日も早く日常に戻れますように…

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| 亜梨子 | 東日本大震災 | 22:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
あれから4年
 昨日の夜から真冬が戻ってきたような寒さ、雪も少し積もり寒い一日。
4年前のあの日も雪が降ってて寒い日、いろいろ思い出しています。

3年を過ぎてからかなり気持ちは楽になったかな、毎日毎日震災のことを考えない日はなかったけどこの一年は考えない日も増えて日常が戻ってきた感じ。

国道を運転していると「ここから先は津波で浸水(意訳)」ってあって反対方向から運転していると「ここから先は津波で浸水してない(意訳)」とあるのが地味にもやっとする。
いや、わかるんだけどね。

この間旦那を仕事先に送って帰り海に近い道をずっと帰ってきて、津波が来た道をずっと…
瓦礫も何もない元は住宅がたくさんあった場所、しばらく車で走ると白い壁の住宅が見えてきた。
窓も扉も無くなって外側だけが解体されずに残ってた。
周りはすっかり何もないのにそこだけなぜ残っているのかわからないけど、取り残された震災の生々しい跡が少し怖かった。

震災後一つだけ旦那を見直したこと、旦那の考え方は自分はこれだけのことができるからお前もできるはず、なぜそれができない?
すべてそんな感じで人それぞれってのが理解できない人。
おやじの会をずっとやってた彼は震災後もボランティアとかいろいろできる限りのことをしていた。
余震が続いて電気もガスも水道もなくてみんな疲弊しているとき、
できる人ができることをしたらいい、できない人はそれでいい。
あの時にいろいろ強制されてたらきっともっと精神的に追い詰められていた。

同じ家族でも同じ震災を体験しても心に残ったこと想いとか考えとか、一人ひとり違うんだと思う。


またこれから一年、今こうして普通の生活ができていることに感謝しつつ生きていこう。

| 亜梨子 | 東日本大震災 | 21:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
3年目

 先月用があり名取まで行ってきました。
潮に浸かった田圃はまだそのままの状態。
新興住宅地?と一瞬思ったのは津波に流された後に新しくたった住宅。
我が家は生活するには便利な場所で周辺の復興も早かったのです。
だけど、道一本隔てた向こう側や港周辺、石巻名取……
瓦礫は無くなったけどそのままの場所が本当に多い。

ごく最近になって今まで平気そうにしていた3号が、
特定のサイレンや警報音を怖いと口に出す。
津波映像も嫌だと。
娘たちにも見えない傷になっています。

震災まで叔父一家が浪江にいて、今は他の場所に住んでて…
私の祖父母のお位牌とか大事なものは持ってきてあるみたいだけど、
かなり泥棒に持っていかれてしまったとのことでした。
叔母の実家も津波の被害にあった被災地。
叔母は泣いてばかりいるそうです。
首都圏に住んでいる叔母は、泣いてばかりいても仕方がないと励ますそうだけど、
これはね実際その立場にならないとわからない。


被災地じゃない地域の新聞って今どうなんでしょう?
我が家は地元新聞だから、復興の記事が毎日載ります。
被災地に旅行や出張で来た時はぜひその地元の新聞を読んでみてください。
その地の現在が一番よくわかります。


事前に知らされていたとはいえ長い長いサイレンはドキッとしました。
1日も早く震災が過去になることを願って手を合わせました。





河北新報HP http://www.kahoku.co.jp/
デジタル紙面もあります(登録が必要だったかも)

サンドウィッチマンのブログ、それぞれの今年の3.11の記事読んでほしい。
  伊達さん http://ameblo.jp/mikio-date/
  富澤さん http://ameblo.jp/takeshi-tomizawa/

「I love you & I need you とうほく」東北楽天ゴールデンイーグルスhttp://www.youtube.com/watch?v=UI016bpG7WI&feature=youtu.be&a

| 亜梨子 | 東日本大震災 | 20:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
2年7か月ぶりの石ノ森萬画館
家族の用事のついでに急遽石巻に行くことに。
萬画館は和彦さんのお芝居を見に行った時以来だから2年7か月ぶり、震災以降は初めて。

周りにあった小さい教会、公園、母が女学生のころ映画を見たそして和彦さんのお芝居を見た小さい映画館はすっかりなくなっていた。
石巻は幼い頃母の実家があって従妹の家もあったから、子供のころはしょっちゅう来てた。
海にも歩いて行ける距離のそのあたりも何もないんだろう。
胸が詰まって涙があふれる。
これだからなかなかここまで来れなかったんだよね。


萬画館は変わったところ変わってないところがあって、大人が楽しい場所。
出入り口の外に仕掛け時計、ボイスは和彦さん。
エレベーターやちょっとした説明も和彦さんの声があって嬉しい。




出入り口の上にはジェット。


外に大きな009のパネルが。


地盤がだいぶ下がってて川の水面がかなりすれすれ。
雨が降ったら怖いね。


萬画館の向かい側。


日和山にも行ってみた。
まだ水に浸かった車や瓦礫がたくさんあります。


一通り海岸通りを通って帰ってきました。
海沿いはあまりどこも変わらないという印象。
復興予算、使ってほしい場所たくさんあります。

我が家のあたりも少し車を走らせれば、ここまで水が来たと2mぐらいの所に印があったり…
新聞も毎日かなりの割合で震災関連の情報やニュースが載ってます。
正直そういう情報が目に入ることがしんどいと感じることもある。
何もなかったら今頃何かが違っていただろうか、考えとかいろいろ…そう思うときもある。

一日も早く“過去”になるよう、そう祈りつつ今日見た風景を心に刻みつけた。





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| 亜梨子 | 東日本大震災 | 21:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
あの日から2年、もう…なのかまだ…なのかわからない。
あちこちネットをさまよってて見た文章は、この日と同じ気持ちで毎日を…みたいなことを書いていた。

去年も同じ事書いたけど、メディアは大きな被災があった有名な場所しか取り上げない。
それが悪いわけじゃないけど、忘れないでと思っている名も知られていない被災地はたくさんあるから、派手な被災地(言い方は悪いかもしれないけど)絵にならないとかじゃなくて  忘れないでほしい。

あの日、1号がバイトで屋上とその下の駐車場で200人の方が避難していた。
今でもよく買い物行くけど、上の駐車場にはとめられない。
去年相方と一緒の時に一度だけとめたけど、そこに上っていくスロープは、
港側の工業地帯に面していて、綺麗に復興している普段使う道路とは全く違う風景が広がっていた。
山のように積み上げられた流された車、あの日のままの工場、更地になってしまった場所。
道1本向こうの風景は時間が止まってしまったかのようで、衝撃が大きい。


普段からテレビはあまり見ないけど、今日は特につけてない。
夜のスマスマぐらいかな、きっと。
今年は3.11が近くなってきたころから、不意にあのころの気持ちを思い出したり涙がでたり。
家も家族も親戚も無事だったのに、なんだろうね。

今日は去年も来てくれた可愛い彼女たちがまた来てくれるので、
いや、誰が来るのかはわからないけど。
3号と見てくるつもりです。



今、こうして生きていることに感謝を。
ある方の言葉をそのまま流用させていただきます。

祈…。心を向けて。



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| 亜梨子 | 東日本大震災 | 15:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
もう一年まだ一年やっと一年
1年ですね、朝一番でツイッターである方のさりげなくも温かい呟きを拝見して涙が出ました。
あの日3月にしてはかなり寒くて雪がちらついていた。
今日もあの日のようにかなり寒いです。
真っ暗い中東北放送ラジオの情報だけを唖然と聞いていました。
仙台の海岸で200人もの遺体が見つかったと聞いて現実味がなくなっていくような気がした。
暗闇の中港の方から黒い煙と爆発の炎が見えて、
そこから少ししか離れていないバイト先の屋上に取り残されている1号を思うとどうしていいかわからなかった。

後から知ったが東北放送ラジオの中継基地がダメになって、途中からはNHKしか聞けなかった。
必要な情報は何も流してくれない。
便利なことが当たり前でそれが無くなるとあっという間に崩れ去る日常。

一つの布団の中で3号と震えながら身を寄せて、余震が来るたびにつないだ手に力を込めた。
翌日に見た道路の惨状。
昼夜関係なく飛ぶ何基ものヘリの音、ひっきりなしに聞こえるサイレンの音、港から聞こえる津波警報の音。
そんな音が毎日毎日聞こえ続けていた。

夏の瓦礫や乾いたヘドロの匂いと大量のハエ。

ずっと忘れない、忘れられない。


こっちでは毎日のニュースの中に当たり前に被災地の情報があり、
地元新聞には震災情報のページにほぼ毎日、亡くなられた方で身元の判明した方の名前が載ります。
1年だからと沢山の特番があるけど、まだ映像を見たくない家族もいる。
おそらく今日も鉄腕ダッシュぐらいしか見ないかな。

メディアで取り上げられるのは、言い方は悪いかもしれないけど…
被災地の有名どころだけ。
内陸部でも地盤沈下や地震の影響がひどくて町ごと移転を検討しているところもあります。
同じ場所同じような取り上げ方ばかりじゃなくて、もっと目を向けられていない地域にも行ってほしいし取り上げてほしいと思う。

まだそのままの建物、ようやく工事が始まった建物。
更地になってしまった場所。

自衛隊や警察、その他全国のいろんな方々に助けられて今がある。
でも正直「絆」という言葉には若干の空々しさを感じてしまうのも本音だ。
言葉に置き換えなくても忘れないでいてくれればいい、そう思う。



何かあった時のために1週間は何とかできる備えが必要です。
ペットを飼っている方はペットフードや用品を多めに備蓄しておいてください。
人間は何とかなっても動物は何でもいいというわけにはいきません。
持病がある人はせめて1週間分の薬の余裕はあったほうがいいです。
カセットコンロののボンベは思ったよりも持ちません、多めの用意が必要です。
電池も必要だけど、いざという時にろうそくがやはりあったほうがいいかな。
それと小型の懐中電灯を家族分、普段夜遅い時も使えるし停電のとき家の中でも一人一つ必要でした。


もっといろいろ書きたいことあったような気がするけど…
また思い出した時に。

心の隅っこにでも、完全に復興するにはまだ時間がかかるんだよってことを留めておいてほしい。


今こうして普通の生活ができることに感謝。




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| 亜梨子 | 東日本大震災 | 10:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
赤い稲妻
が夕焼けの中光り、不気味だったと1号。
雷もならなかったし雨も降らなかったけど…




今日で4か月、どこに行ってもハエが凄い。
ハエも虫もいつもの年と比べられないくらい多くて、スーパーの中もホームセンターも…
どこへ行っても大量のハエが飛んでます。

朝のテレビで小倉さんも言っていたけど、国道やメインの道路は綺麗になったけど、一歩入るとまだまだ変わらない。
ま、綺麗と言ってもきっと感覚はだいぶ麻痺してると思う。
仙台の内陸部に住む両親はまだまだ我が家の当たりに来るのは怖いという。

綺麗になって開店した店、
取り壊されて駐車場や更地になった店、
ようやく店内の泥や瓦礫が片付いた店、
まだ手つかずでどうなるかわからない店、
いろいろ。

空気も悪くて臭い。
おかげで2か月ほどしつこい咳と肺炎に悩まされて、ようやくほとんど咳が出なくなった。
乾いたヘドロの中には細菌やその他にも何が混じっているか全くわからない。
だからマスクは必須アイテム。

ところどころ消えたままの信号には神奈川県警や徳島県警の方が交通整理に毎日立ってくれています。
雨の日も暑い日も、本当に頭が下がります。


中学校の敷地内には今、仮設住宅を建設中です。
運動場が狭くなったわけではないけれど、複雑かな。
生活の場と学習の場が同じ場所にあるのは…ね…

東北も梅雨明けしました。
いつもより2週間早い梅雨明け、水不足も心配です。

被災地以外のテレビや新聞はどうなんだろう?
もうあまり震災関連は報道されてないのかな。
忘れないでいてほしいと思う。
気持ちの一番隅っこでいいから。


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| 亜梨子 | 東日本大震災 | 21:26 | comments(2) | trackbacks(0) |
山形へ
また地震の話です。
いいかげんうざく感じる方はこのまま引き返してくださいね。
毎日毎日、余震に備えたり(気持ちの上で…が多いかな)備蓄の水を新しくしたり、
それが日常になってます。
家があり家族がいて、そんな自分たちでさえそんな生活です。




 


昨日は山形へお蕎麦を食べに行ってきました。
高速道路を一路山形へ。

県内は道路の隆起が激しく普通の感覚で走ると急にボコンッて跳ねたりします。
山形に入ると道路がなだらかで、穏やかでとても安心しました。

高速道路を境目に片側は大津波の被害の跡が…
片側は被害がありません。
道路が防波堤の役割を果たしたのでしょう。
広大な田圃がすべて瓦礫や土砂でうまりまだそのままでした。
またそこが稲を植えて米を植えられるようになるにはいったいどのくらいかかるのか。


激ウマ蕎麦を食べて山形のルピシアへ。
欲しかった限定茶2種を買って帰りました。
あ、写真撮っておかないと



以下、暴言も含まれるかもしれないので畳んでおきます。

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| 亜梨子 | 東日本大震災 | 21:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
食べ物に罪なし
あまり気分のいい話じゃないです。
非常に微妙な気分になった昨日の出来事。


いつも義母を訪ねてくるMさん、とても良い方です。
震災で家が半壊で避難所にいます。

我が家は娘3人、万年食べ盛りで6人家族。
今どきにしては多いかな。
幸い米の備蓄はあったからライフラインがなく買い物が不自由な時も温かいご飯が食べられました。

避難所ではきっと食べ物の不自由はなくなってきているんでしょうね。
Mさん、たくさんの菓子パンを我が家へ持ってきてくれました。
避難所で配給されるものです。
「あまってるからいい」と言っていたらしい。
そういった行動が大嫌いな義母は、
「そんなのを持ってくるならもう来るな」と言ったらしい。

当然です。
余っているからとたくさん誰かに勝手にあげていいわけはない。
確かにうちの娘たちはよく食べる、でも避難所にいただいた善意の食品を分けていただくほど困っていない。
正直食べたくないし、食べさせたくもない。
でもね、捨てるわけにもいかないし避難所へ返すわけにもいかないじゃない
パンに罪はないので、食べ物に不自由しないことに感謝しつつ頂くことにしました。

Mさんも悪気はないんですよ。
ただ今回は方向がずれてたかな、なんて考えました。
なんだか微妙な気分。


ボランティアも寄付や善意も自分の暮らしの余裕の一部でやればいいと思う。
余裕がないなら普通の生活をするのがいい。
義母とお茶をただ飲みに来るだけで十分で、
「ありがとう」
その一言で十分なんですよ。



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| 亜梨子 | 東日本大震災 | 09:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
復興の狼煙

県のむすび丸のロゴ



mixiで頂いてきたロゴ


脇に貼りつけましたが、大きいのもペタリ。
しばらくサイドに貼っておこうと思います。




2号が自動車学校を転校して無事路上教習をしています。
海が近いからかなり被害が大きい地域へも行っているみたい。

そして、震災後に書類をだして面接したところに無事合格。
2号の希望通り、老人介護福祉の仕事です。
電車で通える場所なので本当に良かった。
免許が間に合わなかったのが残念だけどしょうがない。


今日1号を車で送りながら瓦礫が片付きつつある道路を走っていたら…
なんか一度減った瓦礫が増えてない?
いや、片付けているから増えたのか?
それに…ついていた信号が消えてる。
神奈川県警の方が交通整理していました。
いつまでもつかない信号はあったけど、今日は増えていたような?


いつ大きい余震が来てもいいように、そう考えるのが日常。
我が家は本当に無事なんだけど、20ℓの水ボトルや懐中電灯を買い足して、
その他ジャグや古くなったクーラーボックスも買い替え。
ミネラルウォーターも保存用を買わなきゃだけど、まだ市内では水が出てないところもあるからもう少し落ち着いてから。
下水がダメになってるから洗濯は夜寝るときに回す。
あまり使わない時間帯の方がいいかな〜と。

いつ大きい余震が来るかわからない、そして大津波も。
相方の出張、娘の学校やバイト自動車学校、帰ってくるまで心配です。

でも、家の中だけを区切ってみると本当に普通の生活で、
いろんなこと忘れてしまいつつあるかな〜
それはいいことなのか悪いことなのかわからないけど。

近くの避難所にはまだたくさんの人がいるし、
郊外型の大型スーパーはまだ閉鎖しているところ、一部だけのところがあって…
つい普通に買い物に行って、4分の1のスペースだけを使用して営業している書店に愕然としたりする。
記憶をいつまでも鮮明に保つことはできないけど、それはむりなんだけど。
忘れちゃいけないことはたくさんあるな〜なんて思ったりしてました。



岩手の釜石市の復興ポスターがすごくいい。
写真も添えてある一言も。
ぜひ見てみてください。
http://fukkou-noroshi.jp/posters/index.shtml


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| 亜梨子 | 東日本大震災 | 23:51 | comments(0) | trackbacks(0) |







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